『かぐや姫の物語』

2013年11月24日 00:45
高畑勲作品が好きなんです。
ホルスに始まり、ハイジもアンもチエも山田くんもパンコパも、他の色々もみんな好き。
なぜ好きなのかって考えると、「家族」をしっかりと描けているからじゃないかなと思う。家族ものに弱いんだよね。お母さんが息子を大事に思ってるような描写を見るだけでツーンとくる。

「家族」は生活の中心であり、最も基本的な存在理由で、人間の生命の美しさはやっぱりそこに表れる。
だから、「家族」を描けるということは「生きる」を描けるということだと思う。その「生きる」力強さに僕は感動するんだろう。

宮崎駿監督の最新作『風立ちぬ』もキャッチコピーが「生きねば。」だったのは偶然じゃない。
宮崎監督にしろ、高畑監督にしろ描く人物達は全力で走り回り、大きな口を開けて笑う(『風立ちぬ』の描き方はちょっと違うかもしれないけど)。
彼らは生きているものを描けるからこそ偉大な映像作家なんだと思う。

『かぐや姫の物語』は「かぐや姫がなぜ地上にやってきたのか」というコンセプトで作られた。かぐや姫を感情移入の出来る一人の人格として描こうという試みだ。そして、かぐや姫が生命を得るために描かれる必要があったのは、「家族」としての営みだった。と思う。
かぐや姫は竹取りの翁、おばあさんに愛されて育った。原作において「この児、養ふほどに、すくすくと大きになりまさる」程度にしか描写されていなかったかぐや姫の幼少期も仔細に描かれ、それはそれは可愛い。
変な話しが、『かぐや姫の物語』こそ日本の物語史上初めて「かぐや姫」という人が生まれた瞬間なのではないかな。
高畑監督だからこそ、かぐや姫に命を吹き込むことが可能だったのだと思う。
高畑監督の描くかぐや姫は走り回り、草木、虫、鳥に触れた。生きようとしていた。

しかし、物語はかぐや姫に命が宿ったところでは終わらない。かぐや姫は段々それが出来なくなっていき、ラストは知っての通り月に帰らなければならない。かぐや姫は生きたかったけれど、生きることは不可能なのだと知る。それが「罰」ということなんだろう。
(キャッチコピーの「姫の犯した罪と罰」についてはパンフレットに高畑監督がズバリ答えを書いているのでそちらを参照。)
日本最古の物語である『竹取物語』がリリカルに、かぐや姫がより美しく生き生きとして描かれた『かぐや姫の物語』は、日本のフィクション史上に残る記念碑的作品だ。

もう一つ、映像としての完成度について。これはもうひたすら感動。古くから使われる楽しいアニメーションでもあり、かつて誰もやったことのない描き方への挑戦でもあった。
日本人が示すべき美しさを存分にアニメーションにした極致であり、ゴールであり、最高到達点であり、完成形だった。作画オタとして今まで見てきたアニメの中でも最高傑作の一つだと思う。

歴史的傑作を目の当たりに出来たことを幸福に思います。




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