人形使い2.0

2013年12月26日 22:40
人形使いは攻殻機動隊の中でも特殊な存在だと思う。自らをAIではなく、情報の海で発生した生命体と語るそいつは、『攻殻機動隊』における問題意識を顕著に表した存在と言えるんじゃないか。

さて、押井守の劇場版のリニューアル版2.0において、最も目立つ変更点は人形使いの声優が榊原良子さんに変更されたことだと思う。最も目立つというのは、この変更に批判も多かったからで。批判点をまとめるならこうだろう。
①慣れ親しんだ声優から変わって違和感がある。
②女性型擬体と男性声のギャップこそ魅力であった。あるいはギャップこそ人形使いを捉える、ある種の本質に違いなかった。
③少佐と人形使いとの融合は一種の恋愛であったはずだから、女性に変わると矛盾が生じる。

ちなみに、このブログではあまり語ってこなかったけど、僕は榊原良子さんの大ファンなので、今回はこれらに対してどう擁護するかという記事に他ならないよ。

【①慣れ親しんだ声優から変わって違和感がある。】
これはどうしようもないね。いきなり敗北宣言だけど、これはどっちが好きかという問題なので。ただ、家弓家正さんのほうが聞き慣れているからといってリニューアル版を最初から捨てるのももったいない。押井守が最も信頼していると語る榊原良子さんの声の良さ、力量を信じて欲しいとは思う。おどろおどろしく、神々しくもあり、艶やかな演技は素晴らしいよ。慣れるだけなら、3回見れば十分だと思う。

【②女性型擬体と男性声のギャップこそ魅力であった。あるいはギャップこそ人形使いを捉える、ある種の本質に違いなかった。】
ギャップが魅力っていうのはわかるとして、ギャップがある種の本質っていうのはどういうことかいうと。
まず、声がどこから出ているのかと考えた時に、女性型擬体を通しているなら、その喉から発せられる声はその擬体の持つ声である。と考えるのが妥当だろうと。
ところが、男性の声が聞こえているということは、人形使いが擬体、もっと言えば身体に依存しない存在であると。新たな生命体としての可能性が浮き彫りになると。これが女性擬体から男性の声が出る人形使いの魅力であり本質じゃないかっていう。

ここで、劇中で声がどんな風に描写されているか確認しておこう。
人形使いが初めて喋るところ。

擬体はあるけど、口が動いていない。スピーカーを通したようなノイズの混じった音が室内に響き渡っている。
擬体の口が動き、肉声(?)に変わる。


それから、ラストのコドモトコ。

坂本真綾さん(擬体)の声から田中敦子さん(少佐)の声に変わる。


描写から見るに声はそれぞれのゴーストが持つ固有の音ということで良いんだと思う。まあ攻殻世界では脳で直接連絡しあってるから、自明のことかもしれないけど。

要するに男性の声を持つ人形使いは男性で、女性の擬体に入っても身体に依存しない存在として描かれたというところまでが95年版『攻殻機動隊』。

ということで、榊原良子さんに変更したことで、人形使いの本質を示すことに成功しているという擁護をしなきゃいけない。
③と合わせてまとめに入る。

【③少佐と人形使いとの融合は一種の恋愛であったはずだから、女性に変わると矛盾が生じる。】
まず、これは矛盾ではないと思う。なぜなら、少佐はレズセックス好きだから(原作より)。まあ恋愛という意味では知らんけどね。

と、冗談はおいといて。
原作で少佐は人形使いを「彼」と呼んでいる。便宜的にか、接触して受ける情報から男性性を感じ取ったのかはわからないけど。「プロポーズを受けるわ」とも言ってる。素直に読み取るなら、男性だと思うのは当然だし、1995年版はその通りに作ったのだと思う。押井守も恋愛として描いたようだし。
ここで、2.0の変更が意味を持ってくる。わざわざ、戯れだけで変えるだろうかということ。

人形使いが男性か、女性かってのは大事な問題じゃないんじゃないかな。
草薙素子と人形使いの「融合」は性交じゃなく、量子化された人類の新しい生殖を示している。ネットワークそのもの、情報、知能との融合。そのときもはや性別は関係ない。
「融合」の後、『イノセンス』では少佐らしき存在が人形に移って登場する。原作2巻では様々に変種を生み出していった。(原作1巻ラストの少佐はマイケル・ジャクソンみたいな男性擬体に入ってる)
まあ簡単にいえばどっちにせよネットに散らばる生命体になったということで。

要するに人形使いは身体に依存しない存在で、さらに観測されるまで男女どちらでもある。どちらの可能性も持っている量子的存在ということが付け加えて示されたのが2.0なんだと。二作品合わせて見ることで人形使いの本質が示されているんじゃないかなって。だから榊原良子さんが声を当てたことにはちゃんと意味がある。
と思う。

まあ、押井守自身は冗談めかしく、女性同士の融合がエロいと思って、とか榊原良子さんの声が好きだからなんて言ってるようだけど。(ソースは誰かのブログ)

ネットは広大だわ……

  

今 敏オタの過ごすクリスマス

2013年12月25日 23:56
額にいれて居間に飾っている今さんの絵のローテーション、今年もこの季節がやってきたよ。『東京ゴッドファーザーズ』に変えた。


今 敏オタの過ごすとか言ったけれども、今日特別に『東京ゴッドファーザーズ』観るわけでもなく、ごく普通に過ごしたんだけどね。

ところで、『今 敏 画集 KON'S WORKS 1982-2010』が届いた。やったー。

実は一昨年の画集BOXの中身が本になっただけなんじゃないかと予想していて、とりあえず持っておこうっていうコレクターアイテムぐらいにしか思ってなかった。まあ概ねそんな感じなんだけど。
ところが、オハヨウの絵コンテや、武蔵美時代の作品、未公開作品の資料もあってこれは嬉しい誤算。大判で画質も良くて満足。
武蔵美時代の作品は展示があった時に観にいったから、初見ではないんだけど、大きくて綺麗な画質で手元に残せる形になるとは思っても見なかった。でも、今さん関連の絵はいよいよ出尽くしてしまった感あるかも?『夢みる機械』さえ公開されればなあ…

ちなみに父親に誕生日プレゼントにこれ買ってくれやって頼んで、アマゾンから送られてきた。まあ良いクリスマスプレゼントになったかな。
メリークリスマスギリギリセーフ  

鶴田謙二(2)

2013年12月18日 22:37
前回の記事のときはまだ『續 さすらいエマノン』が届いてなかったので、感想も何も書けなかった。その次の日ぐらいには届いてたのだけれど、ダラダラしてたらまたこんなに間があいてしまった。

今回は特典イラストカード付き。
中身は大変良かった。満足。台詞が少なく、「絵で語る」って感じがありあり。
前二作よりも弱々しく、女の子してる嫁入り前エマノンがかわいい。

ところで、今回はエマノンシリーズの単行本の良いところを紹介したい。
まあ、単純につるけんの絵が楽しめるということに尽きる。
そりゃそうだろってことなんだけど、これを見て欲しい。

表紙をめくると巻頭カラー数ページ。見返し部分、カバーをとってもカラーイラストがある。分かりにくいけど、幼女エマノンがカバーで、それをとると裸エマノンが出てくる仕組み。

裏表紙も同様に、カバーのエマノンをどかすと、ママエマノンが出てくる。

カバーとると、カラーの下半身エマノン。

と、全巻こんな感じでいたるところにカラーイラストが載っていて、ここにも絵がある〜っていうお得感がとても嬉しい。カバーとるとオマケマンガが載ってるっていうのはよくあるけど、こんなにサービスの良い単行本はあまりお目にかかれない。10年前の単行本『Forget-me-not』ではカバーの裏側にカラーイラストがあって嬉しかった。ところが今のところ最新作の『冒険エレキテ島』ではこういうギミックがなくて、とても寂しい。そういえばアベノ橋にもなかった。アフタヌーンKCが悪いのか?

ということで、エマノンシリーズの単行本はファンアイテムとしてとても優秀。何しろ僕らはつるけんの絵を見るために何でも収集したくなってしまうから。画集じゃねーかと言われたらあれだけど、マンガとしてもきっと優れている…はず。ちゃんとそれを言えるようになろう。
原作の最新刊発売、旧作復刊と、ファンとしては忙しくて嬉しい限り。  

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