九井諒子先生のひきだし

2013年05月15日 23:32
友人から九井諒子先生の新刊を借りて読んだ。
単行本は3冊出ているけど、発売の度にその友人から借りて読ませてもらってる。買うよ、そのうち、買いますとも。

ということで3月に出た新しい短編集『ひきだしにテラリウム』を読んだ第一印象は「漫画が上手くなってる」ということだった。
特にそれを感じたのは猫がメイクをする様子を描いた短編(もう友人に返してしまったため、手元にないので題名は忘れたけど、たしか『かわいくなりたい』みたいなタイトル)。
毎度おなじみの高野文子先生とちょっと比較させてもらうと、『AERA COMIC 手塚治虫文化賞10周年記念』収録の書き下ろし漫画『おりがみでツルを折ろう』(単行本未収録作品)と近いことをしていると感じた。これはその名の通り、折り紙で鶴を折っているところを描いただけの漫画なんだけど、並の画力では正しく伝えることは非常に難しい。しかも高野先生の絵は非常に情報量が少ない上に、扱う対象が「紙」からなおさらだろう。しかし、高野先生はこれを難なく描いている。
高野先生について多くの漫画評論家からの共通の評価として「些細な日常の描写」「見たものを見えているよう描く能力」といったものがある。前者の最たる例が『おりがみでツルを折ろう』だろう。後者は模写の能力とかそういう意味ではなく、「漫画によって伝える能力」だと思う。コマ割り(視野)やカメラワーク(視点)を全て計算して読者の読み方を支配することで、突飛なアングルやカットを使いながらも読者が何が起こっているのかわからないという状況は起こらない。
そこで、猫のメイクはどうかというと、はじめに毛がボサボサと野暮ったい顔つきの猫がいて、睫毛を処理したり、アイラインを入れたりすることでかわいくなっていく様子が違和感無く描かれている。ある事物が作業によって別の形へ完成するという流れを漫画で描くのは先述したようにとても難しいんだけど、九井諒子先生はやってのけた。

単純に絵がうまくなっているというのもある。短編ごとに絵柄を少しずつ変えているのは前作と同様だけど、今回は少女漫画風の母親、スポ魂漫画風の父親、トレンディ漫画風の姉を持つ、ショートショートの主人公風の女の子なんていうわかりやすい描き分けをする漫画もあって面白い。

フィクションを現実世界に落とし込み、シミュレーションをする作風はさらに洗練されてきている。シミュレーションSFなんてのは昔からあるけど、サンタクロースや竜がほんとにいちゃった場合どうなるのか、その楽しさや苦悩を描く九井諒子先生の視点はよりミクロで身近だと思う。
しかも短編中心の作家に多い、休みがちということもなく描き続けている。アイディアや絵のかき分けもいまだに豊富で末恐ろしい。

神話、SF、ルポ漫画風、丸三角四角という記号自体の食べ方についての漫画まで、九井諒子先生のすごさはこういったひきだしの多さだと思う。
  

偉大なるマイナー

2013年05月08日 22:52
先日、友人と日本の漫画の歴史について少し話して、ウィキペディアにはどんな感じで書かれてるのかなということが気になって調べた。そのまんま「日本の漫画の歴史」という項目。

ガロやCOM、ニューウェーブがどのように扱われているのかという興味で調べたんだけど、そこのくだりはいっさいなく、劇画の流れなんかについても全く触れられていなかった。僕の興味の中心であるニューウェーブについては「この時期に連載を開始した漫画」として大友の『童夢』『AKIRA』が羅列されているだけだった。これにはちょっと驚いた。大手出版社の特に少年少女誌を中心に歴史を綴るのは当然のことと思うけど、じゃあそのメインストリームに「ガロ系」やニューウェーブは全く影響を与えていなかったのかと。それは違うでしょー。あだち充だってCOMの出身だし、全共闘とガロの話は日本史だし、大友がいなかったら今の多くの漫画家はいなかったでしょー。
と悶々としていたところにビッグマイナーという単語を思い出した。

ビッグマイナーはその分野をちゃんと知る人ならその功績の偉大さを知っているけど、一般的には知名度の低い人のことを指す言葉で(多分)「ド迫力のマイナー」を自称する平沢進なんかが該当する。漫画家の場合、僕が馬鹿の一つ覚えのように名前を連呼する高野文子先生が該当すると思う(専門家や漫画家からの評価は凄く高いけど、今や能動的に知ろうとしなければ知ることの無い存在になってるという意味で)。

で、奇しくも平沢進もまた、音楽の方で言うニューウェーブの人というところが象徴的だと思う。つまり、音楽も漫画もニューウェーブってのはメインストリーム以外のところから沸き起こる偉大なるマイナーアーティストによるもので、その刺激がその分野に詳しい人々の間で消化されて、表向きには見えない変革をもたらすということなんだろうな。
と定義の曖昧な言葉だけど、いつもとは別の切り口で考えたわけでした。
  

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