高野文子原画展

2015年12月01日 00:18
前の記事の時に明日書くって言ってたのに一週間以上経ってる。あしたっていまさッ!

ということで高野文子原画展に行ってきた。外回り中に寄り道で。
住宅街の中にある小さな本屋さんだったもんですげー迷った。スマホもナビも持ってないし。道狭くて一方通行多いし。こっちは仕事サボって来てんだよ!早く見つかれ!焦る。
結局近くのコンビニに停めて(ジュース買ったので許してください)ダッシュで探す。あっさり見つかる。息切れを無理矢理抑えながらクールに入店。

小さな本屋さんの奥のスペースに『るきさん』『黄色い本』『しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん』『ドミトリーともきんす』の原画が慎ましく展示されていた。
トーンの切れ目とかページのツギハギとか、凝視して目に焼き付けてきた。

そんな感じ。寄り道したのはバレなかった。一週間経って思い出そうとすると、原画展で観たものよりも、仕事をさぼってうろちょろと道に迷いながらたどり着いた天気の悪い夕方という経験の方が、なんか価値あるもののように感じる。  

海外マンガフェスタ

2015年11月20日 01:59
海外マンガフェスタ行ってきた。
全くアンテナ張ってなかったから、誘われなかったらやってることすら気づかなかったかもしれなかった。
ということで前日に知ってほとんど下調べもせずに初参加。
日米のマイリトルポニーコミカライズ担当アーティストのライブドローイング見れたら良いナーくらいで。
マイリトルポニーのライブドローイングはチョロっと見られました。でもずーっと盛況でモニターはあったけどあんまり見えんかった。というか、MLPブースはずっと一番混雑してた。
下書き終わってペンが入り始めてから「おお!ピンキーだ!すげー!」とか思いながら見てたけど。

まあ、その辺はどうでも良いんだ。海外マンガフェスタの最大の魅力って作家さんにサイン貰ったりその場でイラスト描いてもらったりおしゃべりもしたり、交流出来るってところなんですよ。今回はそれを目の当たりに出来たのでとても貴重だったし、また来たいなと思えた。

どういうことかというと。
これ!(写真提供は誘ってくれた友人)


これが!


こうなって…


こう!


ヴェリオ・テヌータさんとカルリタ・ルパテッリさんという、イタリア出身のBD作家さんで、今回は友人がこのイラストとサインをもらいに行ったのです。
片方は黒の筆だけで陰影のクールなサムライで、片方は下描きして色塗ってホワイトでハイライトも入れて美しい女の子(中身を全然知らないのでわからんけど)、それを目の前で自分のために(僕のためじゃないけど)描いているところを1時間くらい眺めてるの。すごい贅沢。僕はこの期に初めて知った方達だったけど、それでも良いもの見られて大変満足でした。

っていうかね、筆でのドローイングをゼロから見てると「ん?何を描いてるんだろう?」って思うところから、「ここの影すげー!」って一気に絵が立体的になる瞬間とかね。「おおーそろそろ完成かな」と思ってるところから黒で輪郭が入ったときの一気に締まる感じとかね。間近で見るとすげーの。楽しかったー。

僕もなんか買わなきゃということでフィリップ・タン先生のイラスト(印刷物)にサインもろたよ。
この絵。


あと地味にBDの既刊が破格の値段で売られてて誘惑的だったけど、お金もないので買わなかった。


高野文子原画展も行ってきたので、明日はそれについて書きます。  

『ドミトリーともきんす』発売記念。「高野文子-八百万の視線-」

2014年12月29日 19:22
このブログのタイトルが「マはマンガのマ」なのはなぜか?ブログ始めた頃はマンガのことでなんか語りたかったからだ。見返すと今年の記事は作画の話ばっかりだなあ。
ということでマンガの記事をたまには投稿しようと。そこで、先日発売された『ドミトリーともきんす』だ。当然マトグロッソの連載は毎回読んでたし、発売日にちゃんと購入したし、1冊はサイン入りで「おいしい梨」って書いてある。でも、新しく感想を書くのはめんどくさいから、以前に書いた高野文子先生に関する原稿晒すだけ。某サークルの夏コミ新刊に寄稿したやつ丸上げ。約12000字。

1.はじめに
 マンガはなんのために読むのだろうか。物語の中の冒険や、甘い恋愛に没頭し、浮世から逃避するためか。あるいは、豪快な線の走る絵の迫力、緻密に書き込まれた絵の美しさを、芸術として鑑賞するためだろうか。マンガ家高野文子(以下:高野)は「本を読むってことは、馬鹿を治すために読むものだと思っているところがあるんですよ」[2]と語る。もちろん、この「本」という言葉の中にマンガも含めた文脈で語られた言葉だ。つまり高野は、自身の描くマンガを読んだ者の「馬鹿を治す」ように、マンガを描いているのだ。それでは高野が媒体としてマンガを選んだのは何故だろうか。マンガにしか出来ないことがあるからだ。それでは「マンガにしか出来ないこと」とは何か……
 いきなり風呂敷を広げたが、それだけ高野の使っている技術は本質的なのだ。画面構成力、コマ割り、見えているものをそのままマンガに描き出すという点において、指折りのマンガ家と言われてきたほどだ。本稿ではそれを示す言葉をまとめて高野のマンガ的「視線」の技法と呼ばせてもらおう。それを分析することはマンガの読み方、マンガのあり様、それ自体を解体する根本的な作業となる。なぜならマンガとは「コマを構成単位とする物語進行のある絵」(呉、1997)であり、ほぼ完全に「視覚」に依存した媒体だからである。高野文子はその特性を極めて高度に生かし、コントロールしている。そんな高野の「視線」について語られてきた論説を4つに分解し、そしてそれらを一つに結び合わせること、さらに言えば、論者によってそれぞれ微妙にニュアンスの変わっている呼び方に、一つの名前を付けることが本稿の目的である。

2.漫画家高野文子の登場
 さて、高野が登場したマンガ史的背景を確認しよう。1960年代以降マンガ界は「少年マンガ」「少女マンガ」「青年マンガ」「エロ劇画」など、それぞれの領域に完全に分類されていたと言って良い。特に1970年代初頭までは、ほとんどの場合、女性マンガ家の発表の場は少女向け雑誌に限定されていた。しかし、1970年代後半、所謂「花の24年組 」(注1)に代表されるように、少女マンガは文学的に、幻想的に、SFや、少年愛など、それまでの少女マンガにはあまり持ち込まれなかった高度なテーマを語るようになった。これは少女マンガという形態が確立され、物語の場としての土台が固まったからだと言えるだろう。そこから、少女マンガは少女以外にも読まれるようになり、少女マンガ家達は少年誌や青年誌にも活動を広げていったのだ。  
 当然、こうした過程の以前に、少女向け以外の場で描いていた女性マンガ家がいなかったわけではない。1960年代、『ガロ』(注2)にはつりたにくにこ、『COM』(注3)には岡田史子がいた。マニアック誌で描いていたこの二人の存在が、その後の女性マンガ家、ひいては高野が活躍する土壌となったことは間違いない。また、1975年開催のコミックマーケットを中心とした同人誌活動も無視出来ないだろう。高野自身、同人誌出身の漫画家であることは有名だ。商業誌だけでなく、マンガを発表することの出来る場が増えていったことは漫画家の作家性の強まりにも繋がっている。
 このように高野の登場する70年代後半頃には、既成のジャンルを越えようとする環境が整い始めていた。また、商業的な需要とは関係なく一人の作家として、マンガという媒体を用いて語りたいものを語るということが許容されるようになっていた。高野はその表現の独立性から、突然変異的に見えることもあるが、その土壌にはジャンルを跨いだ女性マンガ家の活躍、作家性の許容という環境が出来始めていたことは確認する必要がある。そして、ジャンルの壁を融解し、マンガにさらなる多様性をもたらす潮流の象徴、表現の革新をもたらしたマンガ家達を総称して「ニュー・ウェーブ」と呼ぶ。こうした波の中で大友克洋(以下:大友)や高野などが発見され、その挑戦がマンガに豊かな多様性をもたらした。

1.昭和24年前後に生まれた女性マンガ家の一群を指す呼称。萩尾望都、竹宮恵子、山岸凉子、大島弓子らが代表的。
2.1964年から2002年まで青林堂が刊行していた漫画雑誌。商業性よりも作家性を重視し、マニア層に支持された。
3.1967年から1973年まで発刊された漫画雑誌。「まんがエリートのためのまんが専門誌」として手塚治虫によって作られた。作家性の強さ、新人発掘の場として、漫画雑誌『ガロ』と双璧をなしていた。


3.「ニュー・ウェーブ」補足
 本稿で取り扱う「ニュー・ウェーブ」とは、1970年代後半から1980年代前半にかけてのマンガ界隈にあったムーブメントを示す言葉である。この言葉を1970年代当時から積極的に使ってきた村上知彦によると、大友、高野等 が「ニュー・ウェーブ作家」(注4)であるとされている。しかし、彼らのマンガを読んでみればわかることだが、ひとくくりに出来るような共通点を持つわけではない。あえて言うのであれば、ひとくくりに出来ないから、「ニュー・ウェーブ」という言葉によってひとくくりにされた存在であろうか。要するに、厳密な定義を持たないのだ。さらに、前章では「マンガ家達を総称して」と記したが、これも一面的な見方に過ぎない。実は、マンガ家以外の存在も「ニュー・ウェーブ」を構成する要素と言えるのだ。
 マンガを描く/マンガを読む/マンガについて語るという自意識の問題もありました。大体70年代の半ばから後半ぐらいに、マンガを描く/語る/論じるという場ができあがっていくじゃないですか。マンガを語る言説があるていど可視化されないと、ニューウェーブのような表現は出てこないわけですよ。([4],p82)
 つまり、マンガ表現が語られ、共有されていくことで、それらに自覚的な表現が使われ始めると言うのである。確かに、70年代中盤に漫画批評活動が盛んになり始め、それから数年後にニュー・ウェーブ作家達が次々と登場したという事実はある。例えば、亜庭じゅん、米澤嘉博らによるマンガ批評活動、コミックマーケットの開催は1975年前後から始まっている。また、先述した村上知彦がマンガ評論を始めたのもこの時期である。それから4年経つと、1979年には大友(注5)の初単行本『ショートピース』が刊行され、『月刊コミックアゲイン』や『マンガ奇想天外』(注6)に大友の作品が掲載されるようになった。高野の商業誌デビューも同年である。このように、マンガを語ろうとする、積極的な読者の登場は、ニュー・ウェーブの登場の土壌となっていたと見ることが出来る。ここで、注意しておきたいのは、マンガが批評され、マンガ家がそれを参照して新しい表現を模索したと決めつけている訳ではないということだ。あくまでも、マンガ表現というものが共有され始めた時代に、それに自覚的なマンガ家が登場したという事実を述べているに過ぎない。
 また、同人誌による創作活動によって、読者もマンガを描き、それを誰かに読んでもらえる存在となった。つまり、それまで分断されていたマンガ家と読者との距離は一気に接近したのである。これもやはり、積極的な読者の登場と言えるだろう。そこから高野文子のように、職業マンガ家になる者も数多く現れた。加えて、二次創作マンガで描かれるパロディや表現の模倣は、マンガの描かれ方を批評することにも繋がっていた。
 マンガを描くこと、読むこと、語ることは相互に影響を与え合った。マンガが描かれ、それを模倣したり、パロディしたりする同人誌活動があり、それらを批評する活動があった。「ニュー・ウェーブ」とはそんな時代を象徴する言葉である。その時、「ニュー・ウェーブ作家」高野の態度はどのようなものであっただろうか。荒俣宏は1982年にこんなことを記している。
 高野文子はそうした実験をするためにだけ―そうした遊戯をしてみるためにだけ、たぶん作品を描くのである。([5],p287)
 高野はマンガ表現の実験者として登場した。そして、高野が実験対象として見出していたのは「視線」のあり方であったということをこれから明らかにしたい。高野は積極的読者がいるのであれば、その「視線」もコントロールしようとしていたのだ。

4.他にさべあのま、いしいひさいち、ひさうちみちお、宮西計三、柴本ふみ、いしかわじゅん、高橋葉介、ますむらひろし、川崎ゆきお、諸星大二郎、湯田信子を挙げている。
5.大友の商業誌デビュー自体は1973年である。
6.ともに1980年前後に刊行された雑誌。マンガ作品の掲載と同時に、批評活動にも力を入れていた。『月刊コミックアゲイン』には、1979年に村上知彦によるニュー・ウェーブに関する論文が掲載されたこともある。


3.視線① 「読者の視線」
 高野はデビュー当時、林静一の影響からくる叙情画的な絵で、少女趣味的なマンガ家の一人かと思われた。しかし、その整然としたコマ割り、巧みな画面構成により、他の女性マンガ家とは一線を画す存在となっていった。ここで言う、「整然としたコマ割り」とは、荒俣宏がそれまでの形式化された少女マンガと比較して高野文子を評した言葉である。どういうことか見ていこう。【図1】は高野自身が影響を受けたと語る萩尾望都の『ポーの一族』(1972-1976)である。


【図1】萩尾望都『ポーの一族』

 1970年代の少女マンガは図のように、より重厚な心理描写を求めて心身の混ざり合った画面を作り出した。コマの枠線等もあえて無視し、ページいっぱいに美少年・美少女達が悩み苦しみ、舞い踊るような姿、ヒステリックな画面を描くことを得意としたのだ。これに対して、高野はキャラクター造形に少女マンガの面影を残すが、コマの枠線を貫くような派手な演出を排除した。むしろコマと、その連続性によって語るということを最大限に生かす技術を持っていたのだ。コマを使った画面構成、そして視線誘導の巧みさは並び立つ者がいないとさえ言われる。
 高野文子は寡作なので、一部のファンにしか知られていない。が、間違いなく日本で有数のマンガ家である。とくに画面構成のうまさはちょっと類いがないくらいだ。
 絵の持つ奥行き感を最大限に活かし、コマを覗き込む読者視線を自在にひきこみ、あたかも階段を不安定に覗くような不安を与えたり、すごく遠い距離から虫メガネほどの距離感まで近づいてゆく力動感をコマ構成で生み出したり、魔法のような視線誘導手法を駆使する。([6],73p)
 ここで述べられているシーンを実際に見ていこう。『田辺のつる』(『絶対安全剃刀』収録、1980年)では、【図2】の2コマ目で、廊下をコマの枠線とは平行にならない斜めの線で描写している。次のコマでは逆方向に斜めになっており、それを上から覗くような形になっている。このようなグラグラとした視線で、階段を幼女(実は老婆なのだが、後述)が危なっかしく降りる不安感を表現している。


【図2】『田辺のつる』(3コマ目の歪みはスキャナの都合。以降の画像も同様。)

 「すごく遠い距離から、虫メガネほどの距離感」とは、例えば『美しき町』(『棒がいっぽん』収録、1987年)で見ることが出来る。この作品は人物を遠くからの俯瞰で示した後に、その足下の草にクローズアップする【図3】等、視線が遠くから近くまで往来する描写が頻出している。


【図3】『美しき町』

 『黄色い本』(2002年)にも読み方をコントロールする技術を見ることが出来る。例えば、【図4】では3コマ目で主人公に寄ったあと、視線を切り返して窓の照り返しの構図に繋げている。


【図4】『黄色い本』

4コマ目はその絵だけでは、何が起こっているのか判別が難しい。しかし、2コマ目に4コマ目に裏返って映し出される光景を示したあと、主人公のアップによって主人公の視線方向への切り返しを暗示していることで成立させている。
 このように、高野はマンガを読むものの「視線」を意識し、コマ割り、画面構成によってどのようにマンガが読まれるかコントロールする。その技術によって、マンガの外にある「視線」、「読者の視線」を中に入れ込むのだ。

4.視点② 「三人称視点(カメラ)」
 止まった画の連続であるマンガは、ストーリーを語るために「動き」を獲得しようとしてきた。その挑戦の過程を見ることは、マンガ表現史の一つの根幹、主戦場とも言える。そこで特に注目すべきは、「動き」を獲得するための一つの方法として、映画の文法をなぞる、映画の真似事をするという手段がとられたことだ。なぜ、映画の真似事によって「動き」を獲得出来るのか。それは、読者の実写映像の記憶に依存して、動きを補完させる効果が期待出来るからである。
 マンガ読者は意識せずとも動きを補完して読んでいる。優れたマンガ家はそれを利用し、コマの連続性と、カメラワーク、そして動きの省略によって時には動画以上のスピード感を表現することも出来る。【図5】は動きの省略によってスピード感を出している例として紹介されることが多い。1コマ目で振りかぶるポーズを描き、次のコマでは殴った拳や軌道すらも描かないことで読者に動きを補完させている。


【図5】大友克洋『AKIRA』(1984-93)

 ところで、マンガにおける映画的表現の契機は1950年代辺りであると考えられている。要するに、手塚治虫(以下:手塚)である。高野の技法を語る前に、少しだけ前提となる歴史を踏まえておきたい。
 手塚がストーリーマンガの確立に一役買っており、またストーリーマンガを描くために、マンガに映画の文法を持ち込んだと論じられることは多い。その論拠となる作品が『新宝島』(1947)である。それまでのマンガは、【図6】のように平面的で奥行きが少ない、舞台劇のような画の上にキャラクターが存在するというものであった。


【図6】田河水泡『のらくろ』(1931)

『新宝島』が斬新であったのは、キャラクターを中心にした画から離れ、ロングショットや、クローズアップ、視点の切り替えを織り交ぜて、奥行きのあるマンガを描いたことである。例として、【図7】を見てもらいたい。奥から走ってくる車が、どんどんと近づいて顔のアップになっている。


【図7】手塚治虫/酒井七馬『新宝島』

 このように、画面内の奥と手前を行き来する運動によって、奥行きが表現されるようになったのだ。ただし、マンガのあらゆる分野に存在する手塚起源説的な論調は現在を以てして支配的であるが、『新宝島』における酒井七馬の貢献度の問題や、そもそも映画的手法自体『スピード太郎』(1930-1934)という前例が存在するため、ここでは、手塚も映画的手法獲得の流れの中の重要なピースである程度の認識にとどめておこう。重要なのは、高野が同じように技術の成熟に貢献しているということだ。
 さて、時代は進み、1980年頃、大友が手塚の記号的マンガの手法を解体し、同時に映画的手法をさらに押し進めた。大友は緻密な描線によって、建物を細部まで描き込んだロングショットを好んで用いている。これにより、登場人物に必要以上に感情移入させず、客観的な画面を作り上げた。このような映画的カメラワークの導入によって、マンガは多彩な物語を支える強度を獲得したと言える。また、高野文子も、1980年代に映画的技法を取り入れていることがわかる。例えば先述した『田辺のつる』の続きである【図8】のコマでは、前後のパースが強調され、歪んでいることから、描く上で広角レンズ の意識を持っていることがわかる。


【図8】『田辺のつる』

 これによって階段を下りる幼女(実は老婆、後述)の不安定さが表れている。他の作品においても、同じような効果を期待して広角レンズ(注7)的な表現が用いられている箇所が見られるのでいくつか紹介しておこう。
 『ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事』(1987年)は映画的であることを徹底している。高野本人が「アガサ・クリスティの『トミーとタペンス』というシリーズとヒッチコックの1950年くらいの映画がおもしろかったもんだから、それにしました。」([7],p31)と語っている通り、作品内容としても、他の高野作品と比べると珍しい、サスペンス要素やアクションの多いものになっている。それぞれのシーン毎に見ていこう。【図9】はレンズを通した歪みによって、「こわいわ」と言う台詞通りの不安感を表している。


【図9】『ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事』

 【図10】は黒幕との対面のシーンであるが、主人公は状況を把握しておらず、Ⅱコマ目で安心して微笑む。それとは対照的に、広角レンズを通して異様にパースの強調された身体によって、これから主人公に訪れるピンチの示唆、落ち着かない雰囲気を出している。


【図10】『ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事』

 『私の知ってるあの子のこと』(『棒がいっぽん』収録、1992年)は、【図11】のようにほぼ全編アップ無しの俯瞰によって描かれ、一見優等生な少女の、本当は屈折した独白を読んでいくことで、心の中を覗き込んでいるかのような感覚を与えている。


【図11】『私の知ってるあの子のこと』

 このように、あたかも演出意図を持ってカメラで撮っているかのような描写が存在する。三人称視点を通して、場に客観性を持たせ、同時に心理的効果も促す。映画的な意識を感じ取ることが出来るだろう。こういった表現がマンガ自体の文法として染み付いた現在、無意識に、特に理由なくこの効果を用いる漫画家もいるが、高野は意識的に使っている。注意しておきたいのは、こういった表現自体は特異なものではなく、高野がこの先で獲得した更なる視座の一部分に過ぎないということだ。高野の作品を映像的に捉え過ぎることは、その創造性を矮小化させることであると言っても過言ではない。それは、高野のマンガが、カメラで映し出せない世界に入りこんでいったからだ。

7.画角が広く、焦点距離が短いレンズ。遠近感の強調や、被写体の形が湾曲するという特徴を持つ。

5.視線③ 「一人称視点」
 さて、手塚が持ち込んだ映画的手法、その一貫として「同一化技法」がある。これは、竹内オサムが『手塚マンガにおける映画的手法―同一化技法について―』で提唱した用語で、作中の登場人物の視点と、読者(映画でいうカメラ)の視点を重ねることで、読者に登場人物への感情移入を促す技法を指す。つまり、映画用語で言うところの「主観ショット」の導入である。例えば、『火の鳥』を見てみよう。【図12】では火の鳥を追いかける人物が3コマ目まで描かれ、4コマ目でその視線と一致していることがわかる。


【図12】手塚治虫『火の鳥』

 高野の、特に中期の作品においては「主観ショット」が積極的に用いられている。一度登場人物の視線の動きを示してから、その見えている光景を示すという教科書通りの主観ショットは随所に見られる。例えば【図13】は黒幕との対面のシーン、気配を感じて振り返ると、銃を構えた手下がいる。


【図13】『ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事』

 この作品がヒッチコック作品等の影響を受けて描かれていることは前章で引用した通りである。このような主観ショットはまさに、ヒッチコックを始めとするサスペンスやホラー作品で頻繁に使われるものだ。しかし、高野文子はそのような映画の文法から逸脱し、さらに強力に登場人物の視線(主観)に、その心の中に近づいていこうとしていた。
 『田辺のつる』【図14】は、初期の傑作であり、おそらく全ての高野文子を語ろうとしてきた人が取り上げる代表作である。この作品が斬新だったのは、ボケてしまった老婆を退行した意識である幼女の姿として描いているということだ。


【図14】『田辺のつる』

つまり、読者は自分のことを幼女だと思い込んでいる「つる(82才)」の、妄想的世界からの視点で物語を追うことになる。
 それ以前にも、子猫の姿を少女として描いた大島弓子による『綿の国星』(1978年)があるということは、ほぼセットで語られているが、『田辺のつる』はそれが老婆という点や、淡々とした描写によって、どこか残酷にさえ見えるのだ。
 高野文子は画的な意味合いでの主観を越え、登場人物が見ている、認識している世界を描写する。『病気になったトモコさん』(『棒がいっぽん』収録、1987年)は、ほぼ全編一人称視点で描かれる。入院している小学生のトモコさんが、退屈しのぎに周囲を観察し、その中で連想することなど、全てのコマがトモコさんの見ている、頭の中で処理している光景そのままで描かれている。
 『バスで四時に』(『棒がいっぽん』収録、1991年)でも同様に、連想ゲーム的に記憶や妄想、現実と往来する人間の思考を表現している。【図15】はそれが顕著なシーンだ。バスに乗り何処かへ向かうマチコは非常に緊張しており、そこに辿り着きたくないと願っている。バスの中でやることがないマチコは、シュークリームの箱に目を移し、その中に何個入っているか透視(記憶によって)する。それが何個ずつ配分出来るか考えているうちに、前の座席のネジに目が行き、それを回すのにどのくらいの力が必要か考え始める。その連想が膨らんで大きな機械が表れ、それがなぜかファスナーになる。


【図15】『バスで四時に』

誰にでも思い当たるような白昼夢的連想ゲームをマンガでそのまま描いてしまっているのだ。こういった普段見過ごされがちな人間の思考にスポットライトを当てている作品は、当時新しかったどころか現在でもあまり見られない。もちろん、それを描くことの出来ることを示す単なる技量自慢ではなく、それによって目的地に向かうことから逃避しようとする気持ちが表されていることは言うまでもない。
 『るきさん』(1993年)では、「ラッパを持っているように見えたら実はじょうろだった」のような「あるあるネタ」的な発想で日常の中に潜む「視線」を切り取っている。
 『黄色い本』(1999年)では、少女の読む本の文字、それにまつわる少女の思考、あらゆる視線を使って少女の「没入」を描いている。少女の目にしている活字をコマに大きく描き出し、文字を目で追う感覚を追体験する。


【図16】『黄色い本』

内容に入り込むあまり、物語の中に入った自分の妄想にとらわれ、登場人物と対話する。あるいはその逆で登場人物が現実生活の中にまで浸食する。


【図17】『黄色い本』

 このような高野文子の技法を呉智英は「見えているものをそのまま表現することの出来る唯一の漫画家」[8]と評している。高野の技法、二つ目は登場人物の「視線」である。それも単純に瞳に映るものの記述ではない。そこから連想されるもの(物理的にはあり得なくとも)本人にはそのように見えているものまで含めて、高野文子は描いてしまうのだ。

7.視点④「あらゆる方向の視線へ」
 高野文子の「視線」は映像になれた我々の目を逆手にとり、大きなカメラでは入ることの出来ない領域、映画によって語られていない、映像によって体験したことのない視点へと広がっていく。それを斎藤環は「蚊の視点」[2]、南信長は「浮遊する視点」[9]と呼ぶ。どのようなものか見ていこう。
 『東京コロボックル』(『棒がいっぽん』収録、1993年)は、人間生活の片隅に住まう小人コロボックルの日常を描いている。高野自身「もぐるために自分が小さくなれば良いんだと気づいた」と語るように、小さな生き物の視線を獲得したことで、それまで描かれなかった角度から人間の生活を描写することに成功している。


【図18】『東京コロボックル』

 『奥村さんのお茄子』(『棒がいっぽん』収録、1994年)は一風変わったSFのような作品である。人間型に整形した生物が、先輩を救うために、「奥村フクオさんが1968年6月6日のお昼に何を食べたか」を探るという奇妙なストーリーで、発表当時から様々な解釈が飛び交う作品である。奥村さんに迫る謎の生物は自分を土鍋だと言い、救うべき先輩はしょうゆ差しだと言い、うどん型のビデオテープで6月6日の映像を再生する。
 この作品は単なる日常の動作を、かなり奇妙なアングルで描写する。例えば【図19】は、箸箱から箸をとる場面を箸の間近から捉えている。その箸の向こうに見える人物まで見えているのは良いが、どこから見た誰の視点なのか、疑問が沸かずにはいられない。先輩がしょうゆ差しであることを考えると、食卓にある他の食器等も、彼を見ていたのではないかと。


【図19】『奥村さんのお茄子』

 これらを踏まえた上で、ストーリーにあまり関係なく挿入される電化製品や、ちょっとした道端のゴミ、虫達を見ると、そこにこちらを見ている視線が存在するのではないかという感覚が沸いてくる。


【図20】『奥村さんのお茄子』

このような奇妙な「視線」の示唆を通して、「あの三秒間 自分以外の誰かを見てその誰かについて考える うどん三センチ分 ここんとこ ここんとこに あの六人がいて 一瞬一秒同時にそれやったら 奥村さんもきっとあそこで お茄子食べてたことになります」(『奥村さんのお茄子』p193)という台詞の通り、本人ですら覚えていない、覚えておく必要すら感じない些細な瞬間が、多くの命の一瞬が詰まった価値あるものとして浮かび上がってくる。高野はあらゆる事物からの視線を感じさせるような描写を手に入れた。そして、それらが見つめる先にあるのは何ということもない、日常なのだ。

6.些細な日常の描写
 『黄色い本』では、【図21】のようにあえてキャラクターの動きや、会話の主体からアングルを逸らしたコマが見られる。会話の中で、別の人物が入ってきた時にそちらに視線が行ったり、誰の顔も捉えていないコマも見られたりする。


【図21】『黄色い本』

 ここから高野は、登場人物がどのような行動をとるか、どんな感情を表現しているかということよりも、畳とちゃぶ台のある家、「そこに日常がある」ということに価値を見出して描いていることがわかる。そもそも、『黄色い本』では主人公の顔すら目鼻がついているだけの非常に素っ気ないデザインになっている。高野自身が、それを読者の視線をキャラクターに集中させないためだとしている。つまり、高野はキャラクターを描くために、あるいは、何かドラマティックな一場面を描くために作品を描いているわけではないのだ。高野は世界の中の、ある些細な空間を、時間を、ちょっとだけ切り取って見ている。夏目が「非現実的浮遊感、日常生活の価値や不安」を描き出していると指摘する通りである。
 高野の「視線」が見つめているものは、常に些細な日常である。普段の生活でいつも目にするはずが、忘れてしまいがちな視線がそこにはある。ノスタルジックな団地の生活を遠近の落差を用いながら描く、『美しき町』、入院した少女のちょっとした戯れを彼女の視点そのままに描く『病気になったトモコさん』、『チボー家の人々』を読みながら、何をするにもそれについて思いめぐらしている少女を描く『黄色い本』等、何かドラマがあるわけでもない日常を、そこにある何かの「視線」を通じて見ている。

9.まとめ:八百万の視線
 高野文子は読者の、カメラの、登場人物の、あるいはあらゆる事物の、視線と共にあり、コントロールする。マンガの内外全て、あらゆるものに視線が宿っている。まるで八百万の神様達が見ているかのように。映画や小説で、登場人物以外の視点で場面を描くとき、「神の視点」と呼ばれることがあるが、それとも少し違う。「神の視点」はある場面を説明するため、ナレーション等を入れつつ描写した時に起き上がってくる。つまり、作品成立のために存在する視点である。単なる「神の視点」ならば、あえて奇妙なアングルで描写する必要は無いだろう。しかし、高野は何かしらのドラマのために「視線」を用意しているわけではない。高野はどこかを見つめている「視線」それ自体を捉えているのだ。ある時は老婆の退行した意識に入り、ある時は虫のように浮遊して近づき、ある時は部屋の中にある食器や電化製品のようにそこに留まり、ある時は読書に没頭する少女に寄り添い、またある時は遠く高い場所から見つめている。高野は八百万の神様の「視線」で些細な日常の事柄を微細に見つめることで、そこに日常生活の価値と不安定さを見出している。その「視線」への気づきこそ高野文子作品全体を流れるテーマである。あなたのふとした日常を見直してみないかと。始めの問いに戻ろう。マンガはなんのために読むのだろうか。マンガだからこそ可能である、八百万の視線に気づくためである。



参考文献・資料
[1]高野文子全既刊と一部単行本未収録作品、1983-2014年
[2]「ユリイカ 詩と批評 特集*高野文子」2002年7月号、青土社
[3]呉智英、『現代マンガの全体像』、双葉社、1997年
[4]「伊藤剛インタビュー『新しい』の変容を探る描線-『ニューウェーブ・オブ・ニューウェーブ』とはなにか」、「マンガルカ vol.2」、2013年
[5]荒俣宏、「高野文子とコマ切れのページ」、『漫画と人生』、集英社、1982年
[6]夏目房之介、『マンガの力 成熟する戦後マンガ』、晶文社、1999年
[7]おしぐちたかし編、『おしぐちたかしインタビュー集 漫画魂』、白夜書房、2003年
[8] 呉智英、『マンガ狂につける薬 下学上達編』、メディアファクトリー、2007年
[9]『BSマンガ夜話 ニューウェーブセレクション』、カンゼン、2004年
[10]『手塚治虫文化賞10周年記念 AERA COMIC ニッポンのマンガ』朝日新聞社、2006年
[11] 南信長、『現代マンガの冒険者たち 大友克洋からオノ・ナツメまで』、NTT出版、2008年
  

『ああっ女神さまっ』完結。『冒険エレキテ島』連載再開。

2014年04月26日 20:27
あいやーほんとに終わっちゃったね、女神さま。さっぱりした最終回だった。
赤松健先生の『ラブひな』の時も景太郎君随分先に行ってしまったなあと思ったんだけど、螢一君も立派になっちゃってまあ。女神さまの旦那さんたる男なんだからしょうがないか。
完結記念に、特に意味ないけどOVA版のLD5巻をパシャリ。


このLDについてくる藤島先生のコメントで、OVAの最終回を原作の最終回にする予定だったと明かされてる。OVAで使っちゃったから原作は変えないとなあみたいな話で、それからなんとちょうど20年。一つの時代が終わった感じするなあ。25年の連載は、鶴田謙二先生も言ってたけどほぼアフタヌーンという雑誌の歴史と言っても良い。その間ほとんど休みなくずっと連載続けてたんだからすごい。とにかくお疲れさまでした。ありがとうございました。単行本ちゃんと買います。限定BOXは高いから悩み中。
巻頭には連載陣による女神さまイラストが。鶴田謙二先生のばんぺいくんとか、黒田硫黄先生の老夫婦とか、芦奈野ひとし先生のウルドさんとか、野村亮馬先生のスクルドたそとか、個人的にも美味しいイラストが多かった。そして安彦良和先生の描くベルダンディーさん、流石アニメーターだなあ…。

ところで、今月のアフタヌーンで2年ぶりに鶴田謙二先生の『冒険エレキテ島』が再開。


相変わらず大ゴマ連発で台詞も少ない。けど、少ないカット数の間を妄想させるように絵がちゃんと語ってると思う。次は8月号に掲載ということで楽しみに待とう。
今月のアフタヌーンにはさらに五十嵐大介先生の読み切りも掲載。なんかすごいぞ今月。

『おもいでエマノン』全版揃った(?)記念。


古本屋さんで表紙イラストが高野文子先生版の『おもいでエマノン』を入手したので記念撮影。文庫版も新装されたし。  

鶴田謙二(2)

2013年12月18日 22:37
前回の記事のときはまだ『續 さすらいエマノン』が届いてなかったので、感想も何も書けなかった。その次の日ぐらいには届いてたのだけれど、ダラダラしてたらまたこんなに間があいてしまった。

今回は特典イラストカード付き。
中身は大変良かった。満足。台詞が少なく、「絵で語る」って感じがありあり。
前二作よりも弱々しく、女の子してる嫁入り前エマノンがかわいい。

ところで、今回はエマノンシリーズの単行本の良いところを紹介したい。
まあ、単純につるけんの絵が楽しめるということに尽きる。
そりゃそうだろってことなんだけど、これを見て欲しい。

表紙をめくると巻頭カラー数ページ。見返し部分、カバーをとってもカラーイラストがある。分かりにくいけど、幼女エマノンがカバーで、それをとると裸エマノンが出てくる仕組み。

裏表紙も同様に、カバーのエマノンをどかすと、ママエマノンが出てくる。

カバーとると、カラーの下半身エマノン。

と、全巻こんな感じでいたるところにカラーイラストが載っていて、ここにも絵がある〜っていうお得感がとても嬉しい。カバーとるとオマケマンガが載ってるっていうのはよくあるけど、こんなにサービスの良い単行本はあまりお目にかかれない。10年前の単行本『Forget-me-not』ではカバーの裏側にカラーイラストがあって嬉しかった。ところが今のところ最新作の『冒険エレキテ島』ではこういうギミックがなくて、とても寂しい。そういえばアベノ橋にもなかった。アフタヌーンKCが悪いのか?

ということで、エマノンシリーズの単行本はファンアイテムとしてとても優秀。何しろ僕らはつるけんの絵を見るために何でも収集したくなってしまうから。画集じゃねーかと言われたらあれだけど、マンガとしてもきっと優れている…はず。ちゃんとそれを言えるようになろう。
原作の最新刊発売、旧作復刊と、ファンとしては忙しくて嬉しい限り。  

鶴田謙二(1)

2013年11月30日 23:02
11/13に梶尾真治 のエマノンシリーズ原作小説の新刊『うたかたエマノン』が発売された。結構厚い。
そして今日、つるけんのマンガ版エマノンの『續さすらいエマノン』が発売された。ウキウキでそのレビューをするかと思いきや、届かなかった…
特典イラストカード付きを予約したの。はよこい。きたら鶴田謙二(2)を書く。

悔しいので今日は前回のつるけんの記事では紹介していなかったつるけんグッズ(?)を紹介しよう。


『鶴田謙二作品全集 壱+零.弐』
探しまくってようやく手に入れた代物。高かった…
つるけんのお蔵入りしてた過去作品を一冊の同人誌にまとめたもの。ハッピー興行新社という庵野秀明が主宰の同人サークルで1994年に出したものらしい。
巻頭の庵野コメントでは「鶴田謙二ファン諸氏の渇きをいやしてくれたら幸いです」とある。まさに今、新刊が届かない渇きを癒しているのであります。庵野は何気につるけんを昔から支持してくれていて、単行本の帯のコメントとかも寄せている。ありがとう庵野さん。

ちなみにハッピー興行新社の作品ラインナップはこちら。(ウィキペディアコピペ)
鶴田謙二作品全集 壱 (1992年)
機動戦士ガンダム 逆襲のシャア 友の会 (1993年)
鶴田謙二作品全集 壱 + 零.弐 (1994年)
さらばセーラームーン 激特集 長谷川眞也 (1994年)
さらばセーラームーン 夢特集 幾原邦彦 (1994年)
楽勝!ハイパードール 6 (2006年)
楽勝!ハイパードール 6.1 (2006年)
楽勝!ハイパードール 6.2
楽勝!ハイパードール 6.3 (2009年)

全部欲しいよね。ハイパードールだけ作者書いてないけど、伊藤伸平先生ですよ。


次は第40回SF大会(2001年)のビラです。
2001年と言えば、つるけんは第31回(2000年)、第32回(2001年)の星雲賞アート部門を受賞していて、SF界にその名を轟かすスターだったのだ!(?)
星雲賞はSF大会の参加者が投票して選ぶものなので、少なくともSF大会界隈では人気あるんだなあ。
詳しくは7/20の記事を参照。http://hippopotamus23.otaden.jp/e283567.html

アニメ史のハイライトの一つである『DAICON IV』やら、伝説を残しているSF大会。しかもつるけん好きな人が多分かなり多い。一度行ってみたいけれど、参加費3万円とかにもなるし、なかなか行けないよな…  

さぶん市行きました(報告)

2013年10月20日 23:47
10/16にさぶん市に行ってきた。
簡潔に言えば素晴らしい体験、感無量だった。はるばる京都から東京まで、一日お休みを取って行っただけあった。
しかし、行くまでは前途多難というか、心配だらけだった。主に台風が。

10/15出発の夜、「10年に一度の台風」とか言ってニュースは脅かし、ネットはお祭り。まあよくもよりによってこんな時に、僕は逸れろ逸れろと祈るしかなかった。
台風は16日の朝に関東直撃とのことで、僕が乗るバスは西から東まで台風に追従するかたちで、風にあおられ揺れに揺れた。
東京駅近くの駐車場で降ろされると、寝起きで低血圧の身体に風が冷たく、身体がガタガタと震えた。傘はひっくり返って使い物にならず、雨を浴びながら東京駅のマクドナルドに逃げ込み小休止。周りには電車が動かなくて行くところのない人々が大勢いた。これじゃあ吉祥寺に辿り着くことも出来んのではないか、むしろさぶん市の開店すらあやしいのではないかと気が気でなかった。

と、さも波瀾万丈の旅であるかのように書いたけれど、それもここまで。2時間程マクドナルドで時間をつぶして外に出るとすっかり晴れていた。
電車は止まりまくっていたけど、時間にも余裕があり、大した問題ではなかった。

さぶん市開店直後14時に行ってみると、すでにドアの前には中に入れない人の列が出来ていた。
台風もあり、平日で、開店直後にいきなりこれほどの盛況とは。
これには部屋を提供していたアートギャラリー絵の具箱の管理人さんらしき人物(ただの推測)も驚いたらしく、焦ってウロウロしていた。
彼がこんな会話をしていたのを立ち聞きしてしまった。「そんなに有名な方だったんですか?僕知らなくって…」
僕は高野文子先生、さベあのま先生を大友克洋先生等に劣らぬ漫画史のエポックと認識しているけれど、やっぱり一般的知名度は低いのだなあと、改めてわかった。でも、アートやってるなら知ってても良いような?関係ないか。

結局列を作るのは周りに迷惑がかかるということで、15時に再度来てくださいと整理券を渡された。その時に初めて高野文子先生、さベあのま先生お二人が「すいませんねえ」みたいな感じで出てきた。
うおおお本物だ。初めて行ったライブで、奥田民生がおもむろにステージ上でギターをチューニングしだした時以来の感慨。
でまあ言われた通り一旦解散して吉祥寺アニメイトで時間をつぶすも、こういうのは退屈で時間が全く進まないように感じるね。

15時に再び馳せ参じると、おしぐちたかし氏がお手伝いをしていた。その時はわからなかった(岡田斗司夫か?とも思った)けど、後で思い出した。高野文子先生のインタビュー目的でこの人の本を買ったことがある。

ここからがメイン。
高野文子先生はずっと立っていてグッズを買ったお客さんにサインをしていた。僕の中では『黄色い本』受賞の頃の写真が最新の姿だったので、髪も短く白くなっていたが、細くシャキっとした姿が印象的だった。さベあのま先生はずっと会計で忙しそうだった。
人でいっぱいキツキツの部屋を展示を見ながらぐるっと回り、グッズを手に取り並ぶ(すでに高野文子先生の大半のグッズは売り切れていた)。
すると部屋の電気が消えた。僕は自分が壁に寄りかかった時にスイッチでも押してしまったかとキョロキョロしたがとくにそんなものはなかった。
これは後でツイッターで知ったことなのだけど、さべあのま先生に座ったらと勧められた高野文子先生が、はじっこが好きだからと言って壁に寄りかかり、電気のスイッチを切ってしまったらしいのだ。なんだよ。かわいいじゃないか。見たかったな、それ。

そいで私が買ったグッズはこちら。左上がいただいたサイン。

サインには(カタカナで名字)君と、『ドミトリーともきんす』のように書いてください。とお願いしたら少し苦笑いして書いて下さった。これで、僕もトモナガ君やユカワ君のような新しい視線を持った人間になれるように頑張れる。と思う。

大友克洋先生やいしかわじゅん先生等が寄せ書きにサインしていたのを高野文子先生の背後にみつけて
僕「あ、いしかわ先生もいらっしゃったんですね」
高野先生「ええ、ご近所なので〜」
という会話をした。

僕は何度もありがとうございますと言って頭を下げて出て行った。

とうとう僕は憧れ中の憧れ、最も尊敬する漫画家と言っても良いお二人に会うことが出来た。『スージーちゃんとマービー』で育ち、『絶対安全剃刀』に大きな衝撃を受けた。既刊は全て集めた。そんな大事な漫画家と同じ空間にいて、多少でも会話をし、サインまでいただいた。アワー。ウワー。

生きてて良かった。

つづく  

さぶん市行きます(確定)

2013年09月07日 12:47
https://www.facebook.com/sabbun1
さべあのま先生と高野文子先生がオリジナルグッズのセルフマーケットを行うそうで。

時期は2013年10月16日(水)〜20日(日)で場所はアートギャラリー絵の具箱 @吉祥寺とのこと。

さべあのま先生と高野文子先生と言えばもう、このブログは彼女らの漫画を語るために始めたと言っても過言ではない。私にとって最重要な漫画家(このブログでほとんど語ってないけど)。当然漫画の既刊は全部持ってるし、挿絵を描いてる小説もジャケット描いてるCDも集めるくらいにはファンだよ。

私は関西住まいなので、東京に行くのは毎度時間と気合いとお金が少し必要になるけれども、こんなチャンスには惜しむまい。
なにしろ私は徳島のマチアソビに行こうと友人から誘われていたにもかかわらず行かなかったところ、後からエンターブレインの漫画家サイン会があったと知り、福島聡先生と会えるチャンスを逃すという痛恨のミスを犯したのだ。こんなことはもう許されない。許されない。嗚呼、今尚口惜しい…!

お客さんの多くは奥様方と予想されるので、こんなキモオタが行ったら浮きそうだなあという心配はあるものの、まあ楽しみに続報を待とう。

現在高野文子先生がマトグロッソ( http://matogrosso.jp/ )で連載中の『ドミトリーともきんす』が春休みに入って、次回更新は8/8と言っていたのに8/8に見てみたら次回更新は10/10に延びてて、がっかりしたんだけど、まあこれの準備のためだったのだろうなと理解するものであります。  

京都国際マンガミュージアムの展示見てきましたよ

2013年07月21日 00:54
タイトルの通りでございます。
でも、行ったの6/29なんだけどね。すっごい良かったのになんでブログで書かなかったんだろう。
とりあえず昨日(さっき)の記事書いて思い出したので。

見てきた展示はこんなん
「寺田克也ココ10年展」
http://www.kyotomm.jp/event/exh/teradakatsuya_10years.php
「諸星大二郎原画展:不熟1970-2012」
http://www.kyotomm.jp/event/exh/morohoshidaijiro1970_2012.php
「竹宮惠子監修 原画'(ダッシュ)展示シリーズ 凛々しく 可愛らしく」
http://www.kyotomm.jp/event/exh/genga_dash2013.php



↑は寺田克也展の一部撮影可のもの。巨大な絵が部屋中に詰まってて大迫力だった。

良かった。感動したとしか言いようが無い。寺田克也展は最終日だったけど、他のはまだマンガミュージアムでやってるから、絶対に見に行った方が良い。
そんな中でも特に良かったのが、「竹宮惠子監修 原画'(ダッシュ)展示シリーズ 凛々しく 可愛らしく」で、内容は藤井千秋、花村えい子、ちばてつや、竹宮惠子の原画'展というもの。ちなみに原画'ってのは最新の技術を使った複製原画のことらしいよ。

そしてなにしろ藤井千秋先生の絵が素晴らしかった。もうその場で頭かきむしりそうだった。膝から崩れ落ちそうだった。線画繊細で色塗りも凄く綺麗。
叙情画って元々好きだったのかもしれないけど、一気にハマった。興奮してグッズも結構買った↓



諸星大二郎展はラインナップも変わるらしいし、藤井千秋先生の絵を見にあと何回か行こうと思う。

  

【祝】第44回星雲賞【つるけん】

2013年07月20日 22:54
星雲賞が発表された。
僕は今日が発表ということも全然知らなかった。友達のツイッターでモーパイが受賞したと知り、やるじゃないかと調べてみればアート部門にあの人の名前が

【アート部門】鶴田謙二 The Best Artist  Kenji Tsuruta

つるけんきたああああああ
どうでも良いけどThe Best Artistって響きがカッコイイね。

つるけんの受賞は2000年、2001年と合せて3回目。個人的にはファンになってから初の受賞なので、リアルタイムで祝えるのが嬉しい。
前回受賞した2000年前後のつるけんはSFマガジンの表紙を1年通して描いてたり、『Forget-me-not』描いてたり、『アベノ橋魔法商店街』描いてたり、かなり多忙だったらしい。2001年の第40回日本SF大会のパンフッレットのメインビジュアルとかも描いてるし、SF界隈では人気者だったろうなあと予想がつく。まあ本人はその時、あくまでも漫画家であることを大切にしていたみたいで「そうか、やっぱりイラストか」とかコメントしてる。
ちなみに第40会SF大会のチラシはネットのオークションで回収しました。
ちなみにちなみに2001年の星雲賞はデジモンぼくらのウォーゲームとかもノミネートされてたね。

で、今回はというと、授賞式ではでかでかとFUTUREの画像が上がってたけど、あれの発売一昨年だし、今年の評価にはあんまり関係ないかなという気がする。評価対象となってる去年は、「仕事しない人」というレッテルが貼られて久しい中、めずらしく『エマノン』も『エレキテ島』もちゃんと描いてた。けど、それってアート部門の評価か?漫画でもらった方がいいんじゃないの?
ということで私の見解としては、SFアーティストとしてかつての人気者つるけんが最近ちゃんと漫画を描いていて、存在感を取り戻してきたのではないかと。星雲賞はファン投票だし。
まあなんにせよ嬉しいね。自分の最も好きな絵を描く人がこうして今でも評価されているのだから。SF界隈にはまだまだ固定ファンが多いんだろうな。


次回のアート部門は寺田克也と予想。そういえば先月、寺田克也ココ 10年展行ってきたのブログで書いてなかったわ。

他の賞をざっと
『屍者の帝国』妥当。遺作だし。
『アンドロイドの夢の羊』妥当。去年みんなそればっかだったし。
『モーレツ宇宙海賊』いいね!佐藤竜雄監督も好きな僕は今回の星雲賞は大勝利だ!
『星を継ぐもの』星野之宣先生。妥当過ぎて逆にアレ。SFのオールタイムベストを日本SF漫画の巨匠が描いたのだから他に無い気がする。
ちなみにつるけんは星野之宣先生の影響を公言してるので、結構感慨深い賞にはなったと思う。

つるけんてこれね↓前も貼ったけど






  

最近どうですか

2013年06月02日 23:59
なんか身内がみんなブログを更新していたので、僕もFBの焼き直しだけど更新しておこうと思ったので。同じこと色んなところに書いちゃってるので。

◆東京で演劇実験室◎万有引力◎30周年記念公演 2013年版『SUNA』-わたしはあらんとしてあるもので、 あるとはすべてであり、 わたしはあらんとしてあるもの -(長い)を観てきた。一つ一つのシーンや、台詞はシュールで捉えきれんかったものの、全体としては「存在の不確かさ」「虚構と現実」「日常と非日常」がメタフィクショナルに表現されていて、最近の僕の関心ごとにも近く、興味深く観れた。そもそも劇そのものの構造や、劇を劇たらしめているものに踏み込むことこそアングラ演劇の本分なのだろうなと感じるところであります。
特に僕にとって面白かったのは、舞台と観客席に置かれた黒電話で、役者と観客が電話をするというシーン。役者が現実世界での役者の生活の話をしていたかと思いきや、徐々に劇の中の話と混じり合っていき、虚実どちらなのかわからなくなっていくというもので、背筋がゾッとするのを感じた。
また、虚実を規定する概念を『キョリ』という言葉に託していたのも印象的。とりあえず面白かったということで。

◆新宿行ったついでに紀伊国屋書店で近藤ようこ先生画『戦争と一人の女』を購入。なんか特性ブックカバーとやらもついてて嬉しい。

◆後輩からQJマンガ選書から出ている徳南晴一郎『怪談人間時計』を借りて読んだ。作者の単純な絵の下手さからなのか、精神的な不安定さからくるもなのかわからないけど、独特のパースの歪みや人間の奇妙な造形、影の付け方は読むものも精神的に揺さぶる凄いマンガだと感じる。高校時代は頭のおかしいようなマンガを求めて読みあさっていたが、これだったんだなと確信した。

◆さて、僕の所属するとある団体では時々読書会を開いとるんですよ。いままで東浩紀『動物化するポストモダン』や宇野常寛『ゼロ年代の想像力』などサブカル批評を取り上げきたけど、今回は趣向を変え、マンガ読書会ということで業田良家『自虐の詩』をPic Up。マンガ評論家の間の評判が大変に高く、評価が固まっているマンガではあるけど、この作品にあまりピンとこなかった人との議論や、既存の評価では挙げられていなかった視点(特に4コマ一つ一つのタイトルの関連性について)や発見も多く、有意義なものになったと思う。次の読書会は是非つげ義春『無能の人』にしようと話した。
中学三年生の時に読んで以来久しぶりに読んだけど、やっぱりすごいマンガだわ。
人生には明らかに意味があるよね。  

九井諒子先生のひきだし

2013年05月15日 23:32
友人から九井諒子先生の新刊を借りて読んだ。
単行本は3冊出ているけど、発売の度にその友人から借りて読ませてもらってる。買うよ、そのうち、買いますとも。

ということで3月に出た新しい短編集『ひきだしにテラリウム』を読んだ第一印象は「漫画が上手くなってる」ということだった。
特にそれを感じたのは猫がメイクをする様子を描いた短編(もう友人に返してしまったため、手元にないので題名は忘れたけど、たしか『かわいくなりたい』みたいなタイトル)。
毎度おなじみの高野文子先生とちょっと比較させてもらうと、『AERA COMIC 手塚治虫文化賞10周年記念』収録の書き下ろし漫画『おりがみでツルを折ろう』(単行本未収録作品)と近いことをしていると感じた。これはその名の通り、折り紙で鶴を折っているところを描いただけの漫画なんだけど、並の画力では正しく伝えることは非常に難しい。しかも高野先生の絵は非常に情報量が少ない上に、扱う対象が「紙」からなおさらだろう。しかし、高野先生はこれを難なく描いている。
高野先生について多くの漫画評論家からの共通の評価として「些細な日常の描写」「見たものを見えているよう描く能力」といったものがある。前者の最たる例が『おりがみでツルを折ろう』だろう。後者は模写の能力とかそういう意味ではなく、「漫画によって伝える能力」だと思う。コマ割り(視野)やカメラワーク(視点)を全て計算して読者の読み方を支配することで、突飛なアングルやカットを使いながらも読者が何が起こっているのかわからないという状況は起こらない。
そこで、猫のメイクはどうかというと、はじめに毛がボサボサと野暮ったい顔つきの猫がいて、睫毛を処理したり、アイラインを入れたりすることでかわいくなっていく様子が違和感無く描かれている。ある事物が作業によって別の形へ完成するという流れを漫画で描くのは先述したようにとても難しいんだけど、九井諒子先生はやってのけた。

単純に絵がうまくなっているというのもある。短編ごとに絵柄を少しずつ変えているのは前作と同様だけど、今回は少女漫画風の母親、スポ魂漫画風の父親、トレンディ漫画風の姉を持つ、ショートショートの主人公風の女の子なんていうわかりやすい描き分けをする漫画もあって面白い。

フィクションを現実世界に落とし込み、シミュレーションをする作風はさらに洗練されてきている。シミュレーションSFなんてのは昔からあるけど、サンタクロースや竜がほんとにいちゃった場合どうなるのか、その楽しさや苦悩を描く九井諒子先生の視点はよりミクロで身近だと思う。
しかも短編中心の作家に多い、休みがちということもなく描き続けている。アイディアや絵のかき分けもいまだに豊富で末恐ろしい。

神話、SF、ルポ漫画風、丸三角四角という記号自体の食べ方についての漫画まで、九井諒子先生のすごさはこういったひきだしの多さだと思う。
  

偉大なるマイナー

2013年05月08日 22:52
先日、友人と日本の漫画の歴史について少し話して、ウィキペディアにはどんな感じで書かれてるのかなということが気になって調べた。そのまんま「日本の漫画の歴史」という項目。

ガロやCOM、ニューウェーブがどのように扱われているのかという興味で調べたんだけど、そこのくだりはいっさいなく、劇画の流れなんかについても全く触れられていなかった。僕の興味の中心であるニューウェーブについては「この時期に連載を開始した漫画」として大友の『童夢』『AKIRA』が羅列されているだけだった。これにはちょっと驚いた。大手出版社の特に少年少女誌を中心に歴史を綴るのは当然のことと思うけど、じゃあそのメインストリームに「ガロ系」やニューウェーブは全く影響を与えていなかったのかと。それは違うでしょー。あだち充だってCOMの出身だし、全共闘とガロの話は日本史だし、大友がいなかったら今の多くの漫画家はいなかったでしょー。
と悶々としていたところにビッグマイナーという単語を思い出した。

ビッグマイナーはその分野をちゃんと知る人ならその功績の偉大さを知っているけど、一般的には知名度の低い人のことを指す言葉で(多分)「ド迫力のマイナー」を自称する平沢進なんかが該当する。漫画家の場合、僕が馬鹿の一つ覚えのように名前を連呼する高野文子先生が該当すると思う(専門家や漫画家からの評価は凄く高いけど、今や能動的に知ろうとしなければ知ることの無い存在になってるという意味で)。

で、奇しくも平沢進もまた、音楽の方で言うニューウェーブの人というところが象徴的だと思う。つまり、音楽も漫画もニューウェーブってのはメインストリーム以外のところから沸き起こる偉大なるマイナーアーティストによるもので、その刺激がその分野に詳しい人々の間で消化されて、表向きには見えない変革をもたらすということなんだろうな。
と定義の曖昧な言葉だけど、いつもとは別の切り口で考えたわけでした。
  

意外な?共通点

2013年04月24日 19:11
僕は高野文子先生やつるけん(鶴田謙二先生)の作品が好きだとよく言ってるけども、他には今 敏監督の作品もとても好きで、漫画もアニメもちゃんと全部押さえておるのです。
こないだ買った故白山宣之先生の遺作集「地上の記憶」に載っているこれまた僕の好きな漫画家さべあ のま先生の追悼メッセージによると、若き日の今さんがさべあ のま先生の作品の手伝いをしていたこともあったとあるじゃないか。
大友先生の弟子のような存在であることは知ってたけども、他のニューウェーブ作家ともやっぱり交流があったのだなあと新鮮な驚き。
まあ僕はニューウェーブの作家を追ってるので、その周辺で接点があるのは当然のことかもしれないけども。
そう考えると、今さんもあの新しい波の中から出てきた才能なんだなあと再確認させてもらった。

他にも最近気づいた共通点で言うと、原作の方の「おもいでエマノン」。
今は小説の表紙も漫画版もつるけんで認知されてるけど、かつては高野文子先生が文庫版の表紙を描いていたらしい。
これは嬉しい。共通点を持たないと思っていた二人の好きな漫画家が、作品によって繋がっていたとは。
画像は残っていたのでネットで見たけども、是非高野文子先生のバージョンも手に入れたい。古本屋さんで探すしかないかなあ。


話は変わるけども高野文子先生の「るきさん」で、るきさんがハロルド作石先生の「ゴリラーマン」を読んでいるのに気づいた人はいるだろうか。小ちゃい絵が映ってるだけなので、確証はないけど、多分そうだと思う。っていうかこんなゴリラ面他に無いし。
高野文子先生が「ゴリラーマン」好きだとするとちょっとギャップがあって面白いけど、やっぱり良い漫画家はその時代の良い漫画に目を向けているのだなあ。
  

わいの長井よ

2013年03月21日 23:03
うわあ一ヶ月近く放置してた。忘れてたわけじゃなくて、めんどくさがってただけっていう。やっぱ向いてないな。

さて、「蒼きウル」が再起動するとか。
蒼きウル:ガイナックスの凍結アニメが20年ぶり再始動 http://mainichi.jp/mantan/news/20130321dyo00m200013000c.html

僕が個人的に注目したいのは企画当時は副監督になる予定だったつるけん(鶴田謙二先生)がスタッフとして参加するのかなあっていうところ。
いや、正直つるけん推してくれる庵野監督じゃなくなって、山賀博之さんになっちゃったし、まずないとは思うんだけどね。
仕事してないしてない言われるつるけんだけど、とりあえず今は「さすらいエマノン」の連載がちゃんと続いてるのが心の支え。「楽園」って雑誌にも「ひたひた」が載ってるんだっけ?買ってみよう。

そういえば、「海街diary」がマンガ大賞らしい。おお?今更?マンガ大賞ってこういうものなのかな。なにはともあれめでたいね。いいマンガですので。

今更と言えば、「第三世界の長井」の話がしたい。いや、勿論発売日に買ったよ?本当に。
なかなか読んだ人には色んな衝撃を与えているようで良かった。
僕は「あずまんが大王」の書き下ろし読み切りが掲載されるって言うんで「ゲッサン」を買って長井の1話を読んだんだけど、あれはショッキングな体験だった。パラパラっとめくって最後のページに辿り着いたら「!?」でもう一度詳しく読み直しても「なんだこりゃあ」だった。
それで、このマンガが単行本発売されたら絶対に買ってやろうと思ってたら4年も待たされたという。
中身は笑える作品なんだけど、だんだん読んでいくとメタ的なこととセカイ系的なことが起きてるっていうのがわかる。あと、パロディ。
嫌な予感はするけど、ながい先生が描きたいものを描き切ったらもしかしたら「わたしは真悟」のような歴史的傑作になるのではないかと信じて応援している。  


教養としての高野文子

2013年02月27日 23:48
漫画を教養として読みなさいなんてことは僕はとても恐しくて言えないけど、2002年の大友克洋氏との対談で、高野文子先生は漫画はかしこくなるために読むものだと、仰っていた。
高野先生が言うのだからこれは一つ方向として間違いない。しかもそれを意識して描いている本人の漫画はいよいよその通りなのだろう。これは皮肉でもなんでもなく、高野先生の漫画は自身がそう語るに十分に足りるものであると思う。
amazonの文学・評論コーナーにはWeb文芸誌マトグロッソというページがある。そこで高野先生も「ドミトリーともきんす」という漫画を月一で連載しているのだが、その内容が実に教養的。
実在した科学者達の発見にたどりつくまでの発想や想像力を描き、最後にその著書を紹介するというもので、僕も思わず「中谷宇吉郎随筆集」など読んでみてしまった。感想は長くなるから避けるが、とても良い読み物だった。
まあ、科学者を紹介する作品である「ともきんす」の教養性は、例としてはそのまんま過ぎるけど、高野先生はやはりかしこくなるために漫画を読むというスタンスを今も続けてらっしゃるのではないかと思うのであった。  


ハルタ

2013年02月16日 18:52
エンターブレイン発行の漫画誌「Fellows!」からリニューアルされた「ハルタvol.1」を購入。
fellowsは掲載作品のコミック以外の広告を紙面から一切排除してひたすら100%漫画誌という挑戦をしていた。掲載作品はどんどん増え、分厚くなり、あげくの果てに隔月刊にも関わらず週間で分冊して出すこともあった程、漫画を掲載するということに現代の紙媒体衰退の中で挑んできた雑誌で(分冊は正直買い辛かったけど)非常に尊敬している。ハルタへリニューアルするにあたって刊行ペースが隔月から年10冊に変わったのは掲載作品がそれだけ多いということだろうか。

中身は今までfellowsで続いていた連載や作家の読み切りなど、fellowsから特に質落ちしているということは無かった。というよりほとんどデザインなども変わってないため、刊行ペースを上げて、それに伴って名前も変えたということだろう。もっと色んな理由があるならごめんなさい。とりあえず純粋な漫画誌としての挑戦には期待しているので是非確固たる地位を築いて欲しい。

話題は変わって今年春日本公開のマイリトルポニーについて。
弟が異常にハマっていたので僕もシーズン1、2(全52話)を視聴。
ニワカものなのでここで多くは語らないけど、セレスティア様が非常に麗しかったので紹介しておきたい。
大変優秀で聡明で思慮深い方なのだけれど、ちょっとうっかりさんなおかげで、そこが抜き出されてアメリカでは余り人気がないらしい。とりあえず僕は積極的に応援していこうと決めた。多分日本でも人気は出ないだろうけど…


  

つるけーん

2013年02月08日 23:59




高野文子先生、福島聡先生、鶴田謙二先生など、僕はこんなん好きですよーってことで紹介したけれど、「面白いの?」「どこが良いの?」って聞かれると割と困る。僕は大好きだけど、面白いのかって聞かれればまあまあだと思う。僕は読みながら「あーなんかいい気分ーなんか良いものを読んでる気がするー」ぐらいの気持ちなので、人にもオススメしにくい。

どこが良いのかと聞かれれば、つるけん(鶴田謙二先生)に関しては絵が綺麗。絵が綺麗だからとりあえず絵だけ見て!面白くなくていいから絵を見といて!と言っておこう。



アベノ橋魔法☆商店街DVD-BOXより

個人的にはつるけんの絵が一番好きと言っても良いかもしれない。
女の子の造形や、空の色や、街の雰囲気など、僕の見たい絵がほとんどそのまま表れているように思う。
しかし、全然漫画を描かない。「Forget-〜」「アベノ」は放置され、「エレキテ」は不定期連載中で昨年再び冬眠に入り、「エマノン」も危うくリュウコミックスごとポシャるところだった…
しかも僕がつるけんをまだ知らなかった15年前のコミッカーズでも既に遅筆作家と呼ばれていたという…

待ってるのでいつかは放置してる漫画の続きを描いて下さい…  


福島聡作品の一貫性を探そう

2013年02月06日 23:57
今日の所持漫画紹介
高野文子先生の既刊全6巻です。高野文子先生を昔から読んでいて好きだという人がいたら是非お話しを聞きたいです。あと、単行本未収録の作品もどうにか読みたいので、何か情報下さい。




とりあえず敬語で書くのはメンドクサイからやめよう。
ツイッタ—も始めたときは敬語だったんだそういえば。

福島聡先生の漫画を読んでいると、個人的には大好きな作家なのだけど、描くキャラクターにあんまり一貫性がないのが特徴だと感じる。久しぶりに登場した人物が見た目も違えば性格も違う、ほとんど別人になっているというようなことはよくある。「福神」でもこのキャラこんな人だったかなと感じることはあったし、どんどん時が進む「ニーナ」ではさらにそれが顕著に見える。人なんてそんなものだという福島先生の意識からなのか、状況を描くためにキャラクターが存在するという描き方なのか、あるいは描いてる間に見失ってしまうだけなのか、それはまあ今の段階ではよくわからないけど、キャラクターの人格そのものに重きを置いてないということはわかる。(ニーナさんには確固たるものがあると思うけど)

福島先生の作家像としては、何を描きたくてやっているのかというテーマみたいなものも見えにくい。例えば森薫先生だったらメイドさん描きたいやら、絨毯描きたいやら、フェチ全開で非常にわかりやすい。もちろん福島先生もインタビューでこんなのが描きたいんだよって話してはいる。「少年少女」の時だったらジュブナイルを描きたかったけど、「生と死」がテーマになっていったということ、「星屑ニーナ」はアラレちゃんみたいな楽しい漫画にしたいということ。その辺はインタビューで知ることが出来る。
だから、福島聡先生の漫画において「生と死」は最重要ワードだと思っていた、ところが最近それが打ち破られたような気がした。というのも、「星屑ニーナ」は「ロボットは歳を取らないが、人間はあっという間に老いていく」というのが売り文句の一つで、つまり人は死んでしまうけれど、取り残されたロボットは主人を探すみたいなところで、まあこの作品もある意味「生と死」なんじゃないかなと納得していた。
※以下ネタバレ
しかし、最新第3巻でタイムスリップして過去に戻ってしまったじゃあないか!タイムスキップコメディーという言葉の真意を見た。バックステップも軽やかであると。
もちろんこの展開に文句があるわけじゃなく、それをやってしまうかやられたーという気分なんだけど、これでは「ニーナ」は「生と死」じゃなくなってしまう。うーん考え直さねばということなのです。つづく

長くなりそうだからこの辺で、多分次こそ福神と福島聡先生の演劇経験の話しです  
タグ :漫画福島聡


福島聡先生

2013年02月05日 00:35



自己紹介として徐々に好きな作品を紹介していこうと思います。
書店でタイトルだけ見てフレーズが気になったら漫画を買うというのをよくやっているのですが、それで出会ったのが「機動旅団八福神」であり、福島聡先生でした。そこからはファンとして既刊は全て買いそろえて読みました。単行本派なので今はFellows!では読んでませんが、現在連載中の「星屑ニーナ」も大好きです。「蜂矢乙女の魔球」は単行本化がまだ遠そうですが、期待してます。
さて、福島先生は演劇の経験があるらしく、画面構成などにその経験が活かされているようです。そんな話を次からはしていくつもりです。多分
  
タグ :漫画福島聡


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